「大ベトナム」展

九博で開催されている特別展の感想です。
個人的に印象に残ったものをご紹介。

*画像は九州国立博物館より提供していただいたものです。

まずは歴史をさかのぼったところから。
会場にはいると大きな銅鼓がお出迎え。
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前4世紀~前1世紀頃、北部に栄えたドンソン文化を代表する青銅器。
背後に見えているのは銅鼓上部を拡大した画像です。
「12」の光芒を持つ太陽が印象的でした。蛙の飾りも見えます。
祭器に蛙と来れば月でしょうか、それとも大地?
そんなことを思いながら進みました。
きれいな水色の、形が変わった耳飾り。
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ガラス製とのこと。
ドンソン文化と同時期に、中部地域に平行して存在していたサーフィン文化のものだそう。
玉やガラスを使った繊細な装飾品が特徴のようです。
これは知りませんでした。
この頃も、北と中部に出自の違う文化が同時に存在していたのですね。
時代は飛んで8-9世紀。
こんなものが。
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(獣面瓦)
どことなく、大宰府政庁跡から出土した鬼瓦に似てる気がしました。
この瓦はタンロン遺跡出土品ものだそう。
銘が入った?(*注)にもオヤ?
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「大越国軍城」とあるのは10世紀のものだそうですよ。
この「城」は都城の意味でいいのでしょうか。城塞でしょうか。
*注文字が表記されない方へ「セン」という字です。)
かと思えばヒンズーの神。
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ハノイを中心として王国が栄えていた頃、同時期に中部で栄えていたチャンパー王国のもの。
やはり北部と中部に出自の違う文化が存在していたのですね。
川から陸から海から、いろいろな文化がやってきて通り過ぎたことがわかります。
一番テンションがあがったのはこれ。
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バクダンジャン(白藤江)の戦いで元寇を破った罠。
まさか実物を見られるとは!!
(去年、鷹島沖海底で元寇の沈没船が発見された時、関連番組でベトナムの戦いを知って興味を持っていたのです。)
元による三度目の攻撃を日本が受けなかったのは、この戦いのおかげであったとか。
国境を接しているこの土地のこうした経験は、ずっと人々の意識に引き継がれていて、60年代のあの戦いでも…?と、そんなことを思いました。
南北はもちろんのこと、北部のさらに北の方とも西の山向こうとも平和でありますように。
阮朝のものは華麗で豪華。
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(金の板に文を彫り込んだ金冊)

(金冊を入れる銀製の箱)

(冕冠)
冕冠の龍の爪は5本。
中華帝国の皇帝かよっ!とツッコム。。。いえ、なんでもありません。
気概の表れというか、そういう意識だったのでしょう。
意外だったのは、航海図など朱印船貿易の資料がたくさん展示されていたこと。
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(アジア航海図)

(異国渡海朱印状)
青銅器や仏像、金銀細工などが中心かなと勝手に思っていたので、私としては意外だったのです。
でも、貿易と交流は今回の大きなテーマだったのですね。
異国渡海朱印状は、「日本より安南国に到る船なり」と書いてあるだけのシンプルなものでした。
誰かが真似して書いてもわからないのではないかと思いましたけれど、実際どうだったのでしょう。
それとベトナムが漢字文化圏であることを改めて認識。
話題になっていた、最古の安南国書簡もありましたよ。
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交易が盛んだったことの証拠、沈没船から引き上げられた陶磁器の数々。
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中央に見えているのは「青花鳳形水注」。
海中にあったため色褪せていますが、レベル高いです。
沈んでしまったとは、なんとももったいない話。
最後の民族衣装のコーナーでは、ハッとさせられました。
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色合いが雲南省の少数民族のものと似ています。
国土がつながっているんだなと実感。
50以上の少数民族がいるそうです。知りませんでした。
知らなかったベトナムに会え、知っていたことがより具体的になった一日でした。
4階の交流展示室では武雄の蘭学展をやっており、こちらも面白かったです。

 

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