「ブラタモリ」 博多編 福岡編 ロケ情報 

NHKの「ブラタモリ」という番組。
以前は東京中心でしたが、タモリさんがお昼のレギュラー番組から卒業され、スケジュールに余裕が出られて全国を巡っておられます。
その第一弾は京都でした。
その時の感想がこちら→ 【「ブラタモリ」京都編(1月6日放送) 感想】 http://patio.sunnyday.jp/blog/index.php?e=19

博多も福岡も面白いから来てくれないかしらとその時書いていましたが、昨日から今日にかけてロケされていた模様。
昨日は櫛田神社周辺だったようです。
むむむ、博多浜と息浜跡なんて出てきたら喜んでしまいますが果たして?
あのあたりに房州堀の石垣があるんですよねー。
そして今日は西鉄バスの方向指示がブラタモリバージョンだった模様。
ツイッターでつぶやいておられました。


福岡を巡られたのでしょうか。
放送はいつでしょう。楽しみです。
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追記
放送が決まりましたね。
 9月12日が博多 9月19日が福岡のようです。9月19日・10月3日に変更
http://www.nhk.or.jp/buratamori/yokoku.html#fukuoka

博多編では、川端商店街から櫛田神社へ行く階段や、地下鉄工事のため発掘調査中の場所へ行っておられました。
櫛田神社のあのあたりは、かつては堀で橋が架かっていたところではないでしょうか。
福岡編では、博多南新幹線車両基地へ。鉄道がテーマのようです。
楽しみ。

豊前 平田城 (白米城)

昨年、中津市教育委員会の発掘調査で黒田時代の石垣が発見された豊前平田城。
ずっと見たいと思っていましたが、ようやく訪れることが出来ました。
現地にあった図。
  ↓

浅い谷で区切られ、南郭が山国川沿いを見張る前線基地で、後方に当たる北郭が生活の場だったのでしょうか。
地形を巧みに利用しています。
北郭には虎口?と書かれた箇所もあります。
とても興味が惹かれましたが、草が生い茂っていてどういう形状なのかわからずじまいでした。
入ることが出来るのであれば、草が枯れた季節に再訪したいものです。
宇都宮一族の野仲重房が築いたとされる豊前平田城ですが、現地では黒田氏ゆかりの城として案内されていました。
(NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で家臣の栗山利安が脚光を浴びましたので、知名度からこちらの方が理解されやすいのでしょうね。)
  ↓


車で上まで行けますが、道が細いので麓の駐車スペースに駐めて徒歩でテクテク。
登城道にこういう幟が立っていて、”お城に来ている”気分にさせてくれます。
  ↓

(字がわかるように実際の風景を反転させています。)
登り道の途中に「黒田時代の石垣」と書かれた案内板がありました。
  ↓

残念ながら笹藪に覆われていて、「高さ最大4メートルの大規模な石垣」を見ることは出来ませんでした。
が、笹藪部分が全部石垣だとしたらなかなかのものではないでしょうか。
やはり石垣を見るには、冬に訪れるのがよいようです。
上部は公園になっていますが、そちらにも「黒田時代の石垣」と書かれた案内板がありました。
どうやら黒田氏に改修された豊前平田城は、立派な石垣のお城だったようです。
  ↓
  
南郭からは山国川と対岸の景色がよく見えます。
岩肌が露出している部分は、江戸時代に一夜で崩落したのだとか。
耶馬溪ならではの光景ですね。
  ↓

こぢんまりとしていますが、山国川を挟んだ狭隘な場所を選んで築かれており、地理的な急所を押さえています。
筑前転封後は栗山氏は左右良城に移りますが、そこも筑後川の流れを睨んだ地。
そう言う場所を得意としたのか、栗山利安と利章についても興味が尽きません。
関連記事はこちら

→ 耶馬渓の「平田城」 中津城と共通点 – 47NEWS(よんななニュース)
http://www.47news.jp/CI/201408/CI-20140829-00048.html
→ 耶馬渓の「平田城」 中津城と共通点 – 大分合同新聞プレミアムオンライン
https://www.oita-press.co.jp:443/1010000000/2014/08/29/210255412
→ 中津城と同構造の石垣 耶馬渓・平田城跡で確認 : 文化 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/culture/history/20140830-OYS1T50023.html

「 戦国大名 – 九州の群雄とアジアの波涛 -」展

九博の特別展を見に行きました。
副題に「九州の群雄とアジアの波涛」とあるように、国際的な動きも含めて戦国時代の九州を大観した展示でした。
個人的にはこの「アジアの波涛」部分がなかなか面白くて、こちらがメインでも良かったなと思ったくらいです。
交易を示す文書・印・船旗、丁銀と交易品、外国から見た当時の日本を示す史料、などなど。
こうしてまとまったものを見てみると、大内氏と大友氏の特徴がわかったり、宗氏や松浦氏もなかなかだったり、自分の中で発見がありました。

*展示室内の画像は九州国立博物館から提供していただいたものです。

画像はヨーロッパ人が大内義隆の文書を真似して書いたという展示です。
  ↓
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文字がひっくり返っていたり、字画が足りなかったりしています。
こういう事の積み重ねが日葡辞書を生んだのだろうかと思いました。
だとすればその努力?はすごいですね。
こちらは「阿久根砲」。
  ↓
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ポルトガル海軍の砲身だそうです。名前は聞いたことがありましたが、見るのは初めてでした。
九州の沿岸部には、土の中から当時の外国製品が出てくるという話が少なくないのでしょうね。
そして、大砲と言えば大友宗麟の「国崩し」。
”高瀬に石火矢が着岸したから人手を出すよう”伝えた宗麟の文書も展示されていましたよ。
こちらも見るのは初めてでした。
宗麟は誰に宛てたのだろう?とずっと気になっていましたので、実際に確かめることが出来て大満足です。
(*ちなみに宛先は城氏でした。隈本の城氏が大友方だったというのはこういう事かーと思いました。ゆかりのお寺が福岡市平尾にあって、以前から城氏に興味があったので思わずテンションがあがりました。)

他にも松浦隆信像などが松浦史料博物館から来ていましたね。あまり表舞台に登場することがない松浦氏にスポットが当たっていたのはさすがでした。
高瀬もなかなかの貿易港だったようですし、(玉名市のページ→海外交易の時代)もういっそのこと坊津と近衛家もここに絡めて、九州各地で行われていた私貿易のことをまとめてくださらないかしら、と思ったりしました。
その他印象に残ったものを箇条書きで挙げていきます。
●サンチャゴの鐘
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永青文庫展の時、「九曜紋入南蛮寺鐘」と合わせてみることが出来るよう交流展示室に来ていましたね。また見ることが出来て嬉しいです。
提供していただいた画像に龍頭(でいいのでしょうか?)のアップがあり、面白かったのでご紹介。
    ↓
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こんな風になっているのですね。
●地図屏風
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正式な名称をメモし忘れました。
左隻が北部九州ですが、長崎がものすごいことになっています。
海から見た海岸線はこういう印象なのでしょうか。
関門海峡のあたりにある島も気になります。
なんでしょう?彦島?
それから、戸畑か若松か岡垣の北に大きな島があるように見えるのですが、ここも謎でした。
大島かとも思ったのですが、大島は鐘崎の延長線上に地島とともに描かれているようですし。
うーん。。二島のあたりがまだつながっていなかったのでしょうか???
それとも実際は小さな島なのに大きく描かれているのでしょうか?
当時の海がどのように認識されていたかがわかって面白かったです。
●偽政以徳印
  ↓
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とても精巧な印です。
以前NHKの番組で、対馬藩の和平工作を扱った回がありましたね。
(番組はこちら→「国書偽造 秘められた真実~日朝交渉・対馬藩の憂鬱~」
最前線で頑張っていたのだと、改めて思いました。
対馬宗家文書については、交流展示室でも見ることが出来ますね。
九博のサイトにテータベースもあります。
対馬宗家文書の世界→http://www.kyuhaku-db.jp/souke/index.html
特別展の感想は以上です。
話は変わりまして。
九博のサイトでこんなお知らせを見つけましたよ。

http://www.kyuhaku.jp/news/news-150526.html
集まれ、考古女子!
きゅーはく女子考古部
http://www.kyuhaku.jp/news/news-150526.html
ですって。
楽しそう。
古墳ガールやハニワ女子は有名ですけれど、どんな展開になるのでしょう。
四階の展示「中世刀剣の美」には刀女子が全国から来てますし、萌えポイントがあれば女子のパワーはすごいですものね。
好きな方にはいい機会ではないでしょうか。
ちょっと気になる企画です。